2011年02月01日

人間共通の苦悩と矛盾

人間、というよりも宗教的に「罪人」あるいは「堕落人間」あるいは「煩悩具足の凡人」とでも言えば良いでしょうか?古今東西を問わず、人間は宗教が説いてきた内部矛盾ともいうべき根源的罪と葛藤しています。
例えば、浄土宗を開いた法然上人は、自らは厳しく僧として自戒しながらも上人の教えを聞いてくる信者にはには、告白してくる矛盾や生活実態を大目に許していたようです。今日の我々から考えれば、肉食や魚を捕って食べることは何ら葛藤を覚える事柄ではないですが、仏教的な観点で、生き物を殺生して生きる糧ともし、食材にすることはそれだけで罪深いということになりますが、そうして生きるしかない人々には優しく接していたようです。しかし、親鸞上人は、肉食妻帯することの前には、人々のみならず、自らも深く葛藤しぬいた挙句、先頭きって肉食妻帯と罪悪深重を表明してそのあり方で浄土真宗を開いていきました。共に、「南無阿弥陀仏」が救いの名号だと説きながら。

一方、キリスト教も、イエス様自身の言葉として聖書にあるように「あなた方はへびの子、マムシの子らよ」と人々に向かって言い、「そのわざを行おうとしている」と悪魔とのつながりを指摘されています。そして、パウロは、「私の肢体には、2つの律法がある」と言って、心に願い思うことと
行う体の方向が葛藤し、戦っていると嘆きを表明しています。クリスチャンならば、そうした内容やキリストを十字架につけたのは誰か、聖書また自らの実態を省みて、罪の自覚をもっています。
昔も今も人間は人間にあらず、堕落した人間の後孫だということです。お払いすれば罪穢れが吹き払われるのではないのです。

話は今日の日本の政治行政司法に飛びます。検察警察司法やマスコミも知ってて対処しないという不作為の罪があります。朝鮮工作員に強制拉致され、密航で日本の法を侵犯して出入国して多くの一般人を朝鮮に連れていった長年の問題を未だ解決できないでいますが、それは、政治家もマスコミも同じ穴の狢です。そればかりでなく、国内で何ら法的罪を犯してもいないのに、数千名の拉致監禁強制改宗に直面している統一教会の篤実な信者たちに対して、全くマスコミや警察、司法、検察、政治行政関係者たちは何ら問題にもせず、手をこまねいて対処していません。北朝鮮にガッツをもって対処するだけの政治家がいないと言わざるをえないのです。だから、被害者の家族が全国を飛び回って講演し、街頭宣伝しても結果がでないのです。朝鮮に拉致された人々へも本当の同情と責任を感じてはいない。大手新聞社は真実の報道を掲げながら、自らは何ら真実に背を向けている実態は何でしょうか?裏表が違う矛盾の実態を見られているのがわからないのでしょうか?
全てを親子問題に還元して、大人としての人格、人権を重視しない日本の司法、警察、マスコミ政治家たちは、長年朝鮮に拉致された問題を放っておいたのと同じ態度です。いつ、どのように彼らは断罪されるのでしょうか? 朝鮮に拉致された問題と同じように、門愛が明らかになったら、追随するマスコミの姿がいつ見られるでしょうか?
これら全て、(堕落)人間、矛盾した人間社会の実態です。
煩悩具足とはこういうことをも言うのだと思います。教典ばかりに罪悪の実態はあるのではないです。矛盾した人間の有様はここそこに見られます。「有難い、ありがたい」



posted by バーナードショー at 17:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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