2010年06月24日

性と宗教について

「性」は命に関わるものです。存在は性のどちらかに決定されています。話を比較的簡単にする為に一応、生き物の性とします。

リッシンベンは心を象徴すると言われます。そして、「生」まれるが右にあって「性」という字になっています。その様に重要な事柄が「性」です。
ここで性について文化的に扱うよりも科学的に考える方が猥雑なイメージから離れて取り扱えるのではないかと思います。

一体、宗教は魂や命や人生や神仏への信仰について扱うものですが、
生命ある存在を可能にする「性」について、宗教が十分その論を尽くして根本を教える内容に乏しい、あるいは無いに等しいのは一体何故でしょうか?宗教に学ぶあるいは宗教を学ぼうとする者にとって大いに問題ではないかと感じます。神学あるいは仏教学にしてもそうであり、そうした学生や学者にとっても問題かと。

キリスト教学徒であろうと仏教学徒であろうと生命が生まれる根本の科学的過程とその意味についてよくよく学ぶ時間が必要だと思います。
遺伝子の不思議とその機構など人を構成する60兆とも言われる細胞についてもです。生命は人生の基です。その創られ方を知らずしてその後の人生をあれこれとしっかりとした基盤の上に論じられるでしょうか

最近、賀川豊彦の全集の一部を読みましたが、ただの神学者や伝道師ではないことが分かります。自然科学へも深い造詣があることが分かります。そうでなくては、と思います。
歴史上、長く科学と宗教は葛藤しあってきました。科学者がかえって神の創造の知恵を明らかにしてきました。経典だけを論じるばかりでは、科学の神を見失うのです。宗教学に自然科学(生物学や数学や地球科学など)をその真っ只中に導入するか、宗教指導者(神父、牧師、僧侶)になろうとする人は多くの科学を学ばなければ、大学や専門課程を卒業できないか資格を取れないということにする必要があるのではないかと思います。

性の問題はその一つとして考慮する分野です。男性から見て女性の美やそのセンスなど文化的なことに関してはその次に扱うことではないかと。宗教指導者が妻帯することについても、性や天地も理を知らずしては欲に流されることになります。日本では早い仏教伝来の時期から私度僧は勝手に妻帯していましたが、その後浄土真宗の開祖親鸞自身が妻帯し、その息子の善鸞は必ずしも好ましいレベルに達したとは言えないようですし、「善人尚もて往生す、況や悪人においてをや」とは本人が「悪人」としての懺悔が含まれていないでしょうか?

この様に文化的な事柄に話が及ぶとあれこれ異論がでてくるかと思います。宗教と科学が互いに深く乗り入れる時代が21世紀だと思います。






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2010年06月22日

修身斉家治国平天下

儒教の根本徳目である修身・斉家・治国・平天下は、それぞれの内容をどう捉えようと、時代を超えて理があると思います。
修身・斉家 日本の戦前に教えられていたという修身ではなく、自己を治める、何かの価値観や信仰によって、あるいは経験や科学でも自己のよって立つ何かを見つければ、それにより努力し他者や世の中に対処してゆく。これはいつの時代、どの国の社会でも人間にとって課題であることは違いないと思います。ここには、人の中にある不義、邪心、猜疑心、自己中、怠惰、過大な欲心、傲慢、など諸々征服する課題があって、これが昔から宗教の修行として残っています。様々な世の中のドラマや現実に起っている犯罪などを見れば、これら人間の課題がそのまま
現れていることは否定できません。

また、人は如何なる人も家庭にあるいは父母の下に生まれて育ちます。その家庭の過程で、兄弟ができ姉妹もあるでしょう。そして、親子の関係も生じます。そこにも様々な問題が生じます。兄弟喧嘩くらいであれば、育つ過程の訓練にも教育にもなるでしょうが、置かれた環境と立場によっては、骨肉の争いにもなります。古来多くの争いが小説にもなりドラマにもなり、国が分裂したり、興亡盛衰の一因にもなってきました。聖書の創世記には、人類最初の家庭?とも言えるアダムとイブの2人の息子、アベル(弟)とカイン(兄)は、兄が弟を殺害するという事件から始まったとしています。その後、国が起り、数多くの興亡盛衰があったその中心に兄弟の争いが数多く殺害の関係があって、歴史がつずられてきた事もありました。権力や財物をめぐっての争いで時には女性をめぐっての争いだったこともあるでしょう。父が王位にある時には、その親としての王が子の兄弟をどう見るかということも関係します。
主人は一人ですから、例えば徳川家光(3代目将軍)も父親の秀忠が弟の忠長を偏愛したが、権力の安定の為、家光は弟忠長を自害に追いやった。

治国は、今日でも大統領なり首相の下に統一化した内閣の形成がなければ、頭としての政府が国民の為に信頼を持たなければ、国は発展しません。これは政策がバラバラ 閣僚の発言がバラバラの鳩山政権では国民の信頼が得られないという結果になります。
平天下ー今日の天下は世界です。世界の平和に向かうビジョンと貢献が無ければ他国からの信頼が得られません。ここには、今日の国連の問題があります。現実代表だけの国連。国益代表達で構成され、常任理事国が拒否権を持つ国連の姿は関心しません。改革されなければならないことは多くの識者の指摘する処です。対立しない宗教者の国連形成が俎上に昇って来なければならない21世紀という時代です。








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2010年06月05日

島人ぬ宝

沖縄出身の歌手BEGIN(ビギン)や夏川リミさん、宮沢和史さんの歌う「島人ぬ宝」は、心打つ歌詞とメロデイーで好ましい歌ですが、島や海は、私の仕事(島国との交流)とも関係してテーマの一つです。

昔、島を恋人の如く慕って島に手紙を出した僧がいます。華厳宗の明恵上人です。高潔の人と言われ、奈良 南都六宗の一つ華厳宗の中で際立った人です。一体、華厳宗は、一宗一派で、奈良東大寺のみ今も続く仏教宗派で、それ自体華厳哲学とも称される「一即多」「多即一」の深い認識論のような哲学を含みますし、何故日本の中に多く広がらなかったのか不思議だと前にもこのブログに書きました。

我が家名、苗字にも島が付いているので一層島との関わりを意識します。
ところで、ここで、大きな高い眼をもってみれば、普通我々が島と考える沖縄、小笠原、対馬、佐渡、四国、日本、ばかりではなく、オーストラリアも島、更にユーラシア大陸もアメリカ大陸も島だ、と認識させられました。師父、文 鮮明先生は、地球の7割は海洋、陸地は3割。その中でアメリカだのアフリカだのといっても、地球全体から言えば
10分の1にもなるか成らないかでしかない。即ち、海に囲まれた大きな「島」だと。

更に進んで島国であるイギリスが生んだ「カナダ」も島に類したものだとまで考える歴史観的なものの見方は、「え〜!」と眼が覚めてしまいました。
成る程、島から水平を見ているだけではなく、上を見上げて神に至ると、神からのあるいは大空の宇宙から見下した島は、小さな島もあれば、大きな島もある。

これくらいの度量をもって世界の行く末と国家ビジョンをもって政治なり政策を考える人がいれば、世界や日本はもっと何とかなるのではと思いたくなります。我らはそうした「
島人」であると。その中の宝をどう認識するかということになります。

「僕が生まれた〜この島の空を〜僕はどれくらい知ってるんだろう〜
輝く星も、流れる雲も〜名前を聞かれても分からない。
でも〜誰より 誰よりも知っている〜
悲しい時も 嬉しい時も何度も見上げたこの空を〜
教科書に書いてある事だけじゃ 分からない〜大切なものがきっとここにあるさ〜
それが島人ぬ宝」

島と海は切り離せません。「海の霊性』という言葉を使う人がいます。あるいは島の霊性とまで言う人がいます。海がもつ宗教性?という意味を示唆したいのでしょうが、私は、
それこそ、創造の主に至らなければ認識の深みに至らないのではないかと思います。





 
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2010年06月04日

動態的地球

「変易」?
<それでも地球は動いている>と地動説の放棄を迫られたガリレオは言ったらしい、ということだが、先回に少し風水について書きながら、
これに関連して多少疑問に思うことがあります。
風水は、広大な地域から1軒の家における立地や気の流れから、自然的運勢?を読み解くものです。従って、そこには風や水といった動き変化するものを考慮します。また、土地という、あるいは環境にある固定的
自然物の良否の価値判断をします。
しかし、私の判断が間違いでなければ、どちらかと言えば、ある「場」
における運勢を判断するという全体としては、又は結果的には静態的な「ものの見方、判断」のように思えます。易学から出てきたものですから、変化するものと変わらざるものを観ることが背景にあります。

そこで、話は地球物理、地学のような話に飛びます。

地球の核から外の外殻をマントル言われ、溶融性の岩石層と言われる。
そして、近年の海底に関する科学調査により海洋底において下部から押しあがってくるマントルにより海底が拡大していることが知られています。また、地殻は、岩石のプレートが地表を覆うような形で地球表面を構成し、その動きを「プレートテクトニクス」と呼ばれています。即ち、地震の発生もその接続面における落ち込みや跳ね返りなどの「ずれ」により起るとされます。アイスランドでも見られたように火山において内部から溶岩流が流れ出すのも、マグマの一部が噴出してきたものです。驚くことに、太平洋や大西洋のような大海の海底においても、
広大な海山や火山があって熱水が噴出しているということです。正に、
地球のエネルギーは、地表だけの火山だけでは間に合わない発散が海洋においても、いや海洋だからこそ噴出していると言えるのかも知れません。ハワイにおいて、火山の爆発により島が連らなりできたりしていますが、それもプレートの動きがあることと関係しています。海底も地表もダイナミックに動いているということです。しかも広大な範囲においてです。地球という「球」は、内部において膨大な熱を抱えて発散しながら、流動し、岩石プレートと言えどもじょじょじ動いて、大陸の移動までするという。地表の一角に住んでいる人間からみれば、太陽の動きに因らなければ、自分が住んでいる地球が時速約1500km(?)で回転しているなどとは思いようも無い。更に1年で太陽の周りを1周する。

こんな火の球、水の球、陸の球が宇宙を駆け巡っています。固定的、静態的な「風水」で一面の運勢が捉えられるものでしょうか?それとも話が現代科学の浅薄な知識を振りかざした次元のずれた批判になるでしょうか?

私は、天地創造の神様の存在を信じます。こうした動態的地球を創造し、知って、しかも数千万種の生命を誕生させた神を信じます。
21世紀は、易学と科学を結合させた新しい「風水」が現れないでしょうか?家相だの墓相だのとは次元を異にする「風水」が。

こんなことを考えました。
























posted by バーナードショー at 15:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月01日

天地の女性性

易学は陰陽の二性で森羅万象を理解する哲学ですが、「東洋」では古来から知られていますが、西洋ではこうした思想は本当に無かったのでしょうか?19世紀になって哲学者ヘーゲルが、こうした中国の陰陽哲学を浅薄なものとして批判していますが、彼の理解にも欠陥があったものと感じます。その件は詳細を論じなければ、一概に言えないのですが、
しかし、問題はあるように思います。

目に見える森羅万象には、実際、陰陽の概念に当たる見方で妥当性をもつことも頷けるものです。人間や多くの動物や植物でも二性があります。電気を利用するにも、プラス;マイナスがあって通電します。
お腹にいる大腸菌にもオス;メスのような差があるということです。
そして、先輩が言っていたことですが、メダカにもオスメスがあるそうです。
西洋の哲学者達は、自然の中にあるこうした二性の区別から抽出される一般理論が何故起らなかったのでしょうか? ご存知の方 意見のある方から教えて頂きたい。

イスラム教ではどうなっているか分かりませんが、キリスト教には、
イエス様への信仰のみならず、聖母マリアへの信仰が強く観られます。
プロテスタント派では否定するのですが、カトリックでは見られます。
エチオピアやエジプトのクリスチャンで、コプト派キリスト教会があります。コプト派は母マリアのイコンを大切にします。
あるいは、聖霊の働きは女性性を示すようです。人を愛で包み悔い改めに導きます。真理で人を導くものとは違い、愛で情で導く感じで母の愛情のようです。

世の中は男女両方の働きが無くては成り立ちません。それは昔から洋の東西を問わず分かっていることです。それを概念化した「東洋」とそうはしなかった「西洋」では役割が異なると考えるしか無いのでは、と思います。

しかし、更に問題は地上に留まらない、ということです。そこに至らなければ根本に当たりません。地上が先ですか?天上が先ですか?勿論、唯物論では、天を無視否定します。肯定する人は、天が先です。先天後地。すると、天もこうした二性に規定されていると推察できます。

ここまで思考が至れば、地球を包む思想が可能なのではないでしょうか?男女は対立するのではなく、調和するものです。その最終は、父母であり、創造です。仏教徒の皆さん如何?








posted by バーナードショー at 15:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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