2010年05月21日

風水と人間原理

昔、中国や韓国、日本などでは、西洋流に言えば、哲学者とは、儒学や易学などのいわゆる東洋哲学などを修める人のことであった。

近年色々と本がでている風水も陰陽を主とする易学からでてきている自然を読み取る観相だが、朝鮮半島の社会では、特に墓地を定めるのに、
風水的観点からその場所をきめたようで、映画やドラマでもそうした場面がある。日本の御陵(天皇の埋葬地)を定めるにも当然そうした観点から定められてきたようだ。
徳川家康も秀吉から関東に押しやられたとはいえ、江戸城を定めるに当たり、十分風水的観点を研究させたし、桓武天皇の時にも平安京を定める時もしっかり風水に則って定められた。

さて、今日では、家を定めたり、水の流れ(台所、トイレ、風呂)を決めるときにも気にする人は風水を見て決めたりする。

西洋社会では不明、漢方において説かれ針灸などの医療行為に実践されてきた「気の流れ」がまた重要であった。空、風、雨、山、川、海、土地の形態や流れなどを考慮して、その中に人が生きる「すべ」や時に適ったあり方を求めてきた。言い換えれば、自然を「読み」あるいは「観て」その流れに適する生き方を学び、教えてきた。その優れた観み手が
東洋の「哲学者」であった。

それは、本当は、今日でも生きた哲学、あるいは人間の原理であるはずだけど、昔からある風水、あるいは占いなどの言葉で世俗化したものになることによって、その価値を損じている。今時、年とった人くらいしか「高島易断」の本は手にしないのではないかと推測します。

天地の流れを観て、人間の機微を察することができれば、その人は西洋流でないかもしれないが、「哲学者」です。そこに風水の教えが深く関与するほど学ばないことが、今日の社会に生きる我々の過去や伝統を軽視する悪しき風潮?があるのかもしれない。

「統一原理」は、正に天地の原理と人間の原理の双方を統一的に解いている真理として推奨するものです。我田引水になってしまっただろうか?

聖書には、風水で説くような自然を理解するすべは書かれていない。
仏教の大蔵経にも自然を読み解くことは書かれていなかった、と思います。クラーンにもないかと思います。
とすれば、人間は人類は、自然という天地の中に生きているのですから、科学の分析ではない、自然をまとめて目に見えない流れまで観る
哲学なり原理なり真理が必要ではないかと思われます。












posted by バーナードショー at 17:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月09日

海と神の摂理

しばらくブログをご無沙汰していました。
さて、今日は海と神について。韓国ドラマの「海神」ヘシン、というのがありますが、私も韓流ブームに乗ってか全部みました。韓国の国民学校の教科書には、主人公の張保コは英雄として記載されているそうです。8世紀頃統一新羅における海の商人ですが、武士軍人として取り上げられているようです。

さて、その話ではなく、「水球」としての地球は大洋が7割を占める広大な「場」をもっています。しかも、その深さは海域により様々ですが、1万メートルに達する所もあると思えば、大陸棚近辺の100−200mくらいの比較的浅い海域もあります。
突然ですが、神様は何故7割もの海洋を地球表面に割り当てて?いるのでしょうか?勿論ちゃんとした科学的理由があるに違いないです。あらゆる気候の関係や資源や地球内外の物理的均衡やら海に生きるもの達の生きる場として(思考が逆ですか)もその他合理的理由があることは言うまでもありません。

人類は大陸アフリカから誕生したことになっていますが、今日まで基本的には人類は陸上生活者でした。今もそうですが、民族だ国家だというものも陸地に形成されてきたものです。よって、歴史観も陸上の歴史観でした。地球の3割を占める世界での現象でした。
そして人間は国境を作り、垣根を作り、他と区切り、あるときは自国自民族の安全保護のためであったり、他との差別を計るためでした。

陸地には河川や山河によって、あるいは人が現実に杭を打ち込んで、あるいは石垣を建てて、国境してきました。ボーダーラインを作って来ました。陸上だからそれが可能でした。鳥は国境に関係なく、空を飛んで人が作った国境越えして自由です。国境は人が他者と区別する為に正に人為的に作ったものです。本来、自然や地球陸上には国境は必要ありません。神様もそれを「善し」としないと思います。人間のどこかに差別が生じたから国境ができてしまったものと思われます。安全保障というある種の美名の下に。
人間世界に生じるあらゆる問題は国境にも絡んでいます。192カ国もの国がこの地球上に必要でしょうか?私の属する教会には、「神の下の1つの家族世界」というキャッチフレーズが生きています。単なる教会のキャッチフレーズではありません。それは本来神の理想でした。従って国境のある世界を神は作ったのではありません。

そういうことを考えてみると、海は一つです。国境はありません。国境をつけられません。ブイでも浮かせて海境を作り出しますか?そこで、大きな提案は、海、海洋から出発する世界観、人類観、自然観、歴史観を作り出そうということです。国連に集う192カ国は必要のない人類世界の創造です。192も政府や官庁が不要な世界です。
まあ、それは未だ遠い話としても、歴史観、世界観は今から始めたい。

現在静岡県の知事である川勝平太氏は学者として、海洋史観を提起し、本を出しています。優れた本だと思います。海洋連邦論、文明の海へ、などがそれです。そして「地球ガーデンアイランズ」という世界構想を展開されています。知事の経験から更に国会で、また世界で活躍して欲しい方のように思います。

海洋は将来人間が新たなフロンテイアとして取り組んでゆく世界であるかと思います。
7割を占める広大な世界です。将来は海の中に人が住むかもしれません。「海洋人間」の出現です。人魚になるのではありません。海に家を作って住みます。既にそういう試みもされています。

海洋はまだまだ未知のフロンテイアです。人類が海洋世界人、国境の無い海洋平和世界を作り上げる時代が来ます。神様はそれを期待していることを信じます。
海は神も住まう世界です。アージュ!















posted by バーナードショー at 16:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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